『食欲人』 デイヴィッド・ローベンハイマー (著), スティーヴン・J・シンプソン (著)
食欲というものが、こんなにも不思議なものだったなんて考えたこともなかった。
「お腹が減ったから食べる。」、「もうお腹いっぱいだ。」、「○○という食べ物が好き。」、「△△という食べ物は嫌い。」、あまりにも当たり前のように考えてきた食欲という概念。
でも、人間以外の動物たちは、どうやってその食欲を感じているのだろうか?
本書の著者は、そもそもは昆虫学者で、その研究の中でバッタの食欲を調べていたところから、昆虫だけに限らないいろんな生き物たちの食欲を研究するようになっていきました。
バッタやマウス、霊長類のヒヒやオラウータン、そして人間。
研究室の中で細かな作業をする研究や、大自然の中に生きるバッタや動物を追いかけて、何を食べているのかを調べることまで、まるで食欲の研究という大冒険を読んでいるかのようでした。
そして分かってきたこととして、タンパク質と食欲の間に強い関係性あるという事がわかってきた。そしてこれが、本書の主な内容になってきています。
バッタやマウス、ヒヒやオラウータン、そして人間。多くの生き物たちの食欲は、一定量のタンパク質を摂食することが目的になっているという話です。
餌や食事の中の炭水化物とタンパク質の配分比率を変えたりすると、食べる量を変化させたりしながら、常に同量のタンパク質を摂食しようとする。
たとえば、タンパク質の比率が小さい食事だと、食べる量を増やすなどしてタンパク質を摂取しようとする。生き物は、タンパク質欲を満たすまで、食べ続けている。
食欲というのは、血液中の糖分の量や、胃や消化器官の許容量などによって満腹を感じるなどと言われてきたけれど、実際にはそうではなかった。タンパク質が、食欲をコントロールしている。
言われてみると単純な話のようにも思えるけれど、これがとても面白い話でした。
そもそもバッタやマウス、自然の中に生きるヒヒといった生き物たちは、自分たちで食べ物をコントロールしながら、必要な栄養素を取っている。
人間のように、栄養を考えながら食事をしたり、何を食べたらいいのかバランスを考えながら食事をするということもなく、本能のままに食事をしている。
それなのに彼らは、なぜ管理する人も知恵もないのに、とてもバランスが整った食事をすることができるのか。
まさに『食欲の不思議』です。
いままでこのことを、当たり前のことだと思っていたのか、まともに考えたことはありませんでした。それだけに、『食欲』というものが、これほど不思議で興味深い話になるとは、思いもよりませんでした。
そうなると、次の疑問として、なぜ多くの生き物たちが食欲を本能的にコントロールし、本能で健康や生存に必要な栄養素をコントロールできているのに、人間は食べ過ぎたり、第三者に栄養を管理してもらわないと、肥満になったり健康を維持できなくなってしまうのか。
そこが、次の話に繋がってきます。
人間の食の環境は、短期間の間に大きく変わってしまった。
人間が、本能的に食事をコントロールし、必要な栄養素を自動的に摂食することによって、健康を維持することができなくなってしまった背景には、食環境の大きな変化が影響していると、本書の著者は考えています。
私たちが食べている物は、美味しいものにあふれています。食べ物を調理し、時に調味料を加えて、おいしい味に調えられた食べ物を食べている。他の生き物にはない人間だけの食事法と言えるのかもしれません。
特に、味噌やチーズといった食材そのものを自然の中で加工した加工食品よりも、さらに加工された食品、本書の中では超加工食品と言っていますが、その超加工食品を食べることによって、栄養のコントロールを失っているのではないかと著者は考えています。
超加工食品の多くは、長期保存が可能なように保存料を添加したり、鮮やかさや味、食感、香りなどを強化するように着色料や香料などの食品添加物が含まれていたりします。
私たち人間や生き物たちが、今の身体にとって必要な栄養素が何かを認識する機能として、味覚があるのではないかと言っていました。
例えば、塩味や旨みのある物を食べたいと思っている時は、主に身体はタンパク質を欲しているということなのかもしれない。
でも、そんな塩味や旨みを欲している中で、ポテトチップスのような調味料などで塩味や旨みを強くした炭水化物多めの食品を選んでしまうと、不必要に炭水化物を摂りすぎてしまうこともあるのかもしれない。
食品添加物を使うことで、身体が欲している栄養素と、食べ物の味の関連性が薄くなり、栄養のバランスが悪い食事をしてしまっていることもあるのかもしれない。
本書では、炭水化物や脂質、食物繊維、そしてタンパク質の比率、つまりは食事のバランスが整っていることが、健康的な食事には必要だと筆者たちの研究によって示されています。
とくに、生き物にとっては、炭水化物とタンパク質の比率はとても重要なもののようです。
しかし私たち人は、とてもおいしいと感じる超加工食品など選んで食べていることで、例えば私たち人にとって、タンパク質比率15%の食事が理想だとされていても、実際にはそれ以下の比率の食事をしてしまっている可能性があると指摘しています。
超加工食品の多くは、安くおいしく作るために、高価なタンパク質や食感などを悪くする食物繊維などを減らして作られている傾向が強いため、栄養が炭水化物や糖分などに偏ってしまっている傾向があると言っています。
つまり、タンパク質比率が小さい食事や食品によって、一定量のタンパク質を取るためによりたくさんの食事をするようになり、結果過剰に炭水化物や糖などを取り過ぎて、肥満や成人病などの病気になりやすくなっているのではないかということでした。
いろいろな健康的な食事について述べられた意見や本は沢山ありますが、いままでこの本の内容ほど、直感的に腑に落ちた内容の本はなかったかのように思いました。
ケトン食ダイエットなども、実際には糖質(炭水化物)を減らすことでダイエットができるというものではなかったのかもしれない。タンパク質比率の高い食事をすることによって、食欲を抑えることができたということが本質なのかもしれない。
ただ、タンパク質比率が高い食事というものにも、さまざまな問題があるため、やはり適正なタンパク質比率の食事をすることが必要だということもわかってきました。
本質的に健康的な食事は、「何を食べて、何を食べたらいけないのか」ではないのかもしれません。
古くからよく言われているように、『バランスの良い食事』。結局それこそが真理と言えるものなのかもしれないと思いました。