『投資の科学』 マイケル・J・モーブッシン

「われわれは、マーケットの仕組みを正しく理解しているわけではないが、標準的なファイナンス理論やリスクの測定方法が間違っていることだけは知っている。」(抜粋)

この本は、投資や金融市場を理解するのに、とても参考になる本です。

この本で取り上げられている、投資哲学、投資と心理学の関係、金融市場のふるまい、企業と経済環境の複雑なシステムといった話題は、投資を理解するためには必要な話です。

投資のことを知るためには、これらの話すべてを知ることが大切であり、またこの中の特にどれが大切かという優劣をつけられるものでもありません。

この本には、賢明な投資家として金融市場と付き合っていくための、非常に示唆に富んだ内容がふんだんに含まれています。どのページをめくっても、本当に考えさせられる話でした。

私たちは、何を考えながら、そしてマーケットから得られる情報を、どうのように捉えながら投資をしたらいいのだろうか。

そして、それらの考えや情報に対して感じる私たちの心と、どう付き合っていけばいいのだろうか。

この本は、投資を学ぶ人にとって必読の本だと思いました。

標準的なファイナンス理論は間違っている?

実際に市場にマネーを投じている者にとっては、この本の中の「標準的なファイナンス理論は間違っている」といった言葉は、おそらく気になる言葉ではないかと思います。

標準的なファイナンス理論では、「効率的市場仮説」や「正規分布」とい言った話題が、その理論の中心となっているのですが、現実のマーケットでは、これらがほとんど当てはまっていません。

現実のマーケットにあるのは、非効率的な状況を生み出してしまう市場の複雑系システム、正規分布よりもファットテールとべき乗則、平均値よりも異常値に左右される投資のパフォーマンスなど、現実のマーケットとファイナンス理論の間には、かなりの食い違いがあります。

そして、実際に株式市場へ投資をしている経験からしても、「効率的市場仮説」や「正規分布」より「ファットテール」や「複雑系システム」の話の方がしっくりくると感じています。

正直に言えば、この本を以前に読んだ時は、本の内容をほとんど認識することができていなかったんだなと今になると感じます。

でも、それから10年以上の時がたって、株式投資の経験を積んだり、さまざまな本を読んだりしてきたことで、よりこの本の価値に気づかされた気がします。

この本は、2007年に発売されたものですが、10年超の時間を過ぎてもなお学べるところがある。その奥の深さを改めて感じさせられました。

「効率的市場仮説」は、10年以上前にすでに疑問符がついているのに?

今でもファイナンス理論の本などを見ると、「効率的市場仮説」や「正規分布」、「現代ポートフォリオ理論」といった言葉で、金融市場を説明しているのを見かけます。

また、お金の専門家などとも言われているファイナンシャルプランナーの資格試験でも、現代ポートフォリオ理論についての問題があるという話です。

しかし、自分自身の体験からも、これらのファイナンス理論は現実とはだいぶ食い違っていると感じているし、この本にも書かれているように、一部の有識者のあいだでも、金融マーケットは正規分布で説明することはできないと考えられています。

この本の中には様々なデータやグラフが登場してきますが、そのどれもが適正な価格調整機能としての市場の効率性の疑わしさや、価格変動を正規分布で説明することはできないことを示しています。

これだけでも、「効率的市場仮説」や「現代ポートフォリオ理論」といった話が、もうすでに現実的ではない古い理論であるということが知られているはずなのに、いまだに投資信託などの資産運用の現場では、その古いファイナンス理論や現代ポートフォリオなどを薦めている傾向がみられます。

何とも不思議な話なのですが、その理由はなんとなくわかります。

「ファットテール」といった話を持ち出してしまうと、金融市場の「不確実性」を示すことになってしまいます。

不確実性を示すということは、「確実なことは何もない」という説明をしなくてはなりません。もちろん、将来のことも「何もわからない」という話になってしまいます。

これでは、顧客などに対して、本当なら投資を促したいところなのに、かえって混乱させてしまうことなりかねず、投資への意欲を削ぐことになりかねません。

現実の世界では異常値によって投資のパフォーマンスが左右されているはずなのですが、仮想的な標準的ファイナンス理論の考え方を採用することで、その異常値を省いて「平均値」で説明することができるようになります。

未来の「不確実性」ではなく、過去の「平均値」をつかった説明をすることで、話に説得力が増し、顧客などに商品を購入してもらうことも出来るようになる効果もあると思われます。

もちろん、これは商品の販売に限った話ではなく、人に投資の説明をするときにも役立つことになります。

「不確実性」といった言葉の意味は、「わからないということしか、わかっていない」という事ですから、これでは人に対して説明のしようがありません。

ですが、「不確実性」を忘れ、「平均値」という概念で話をすることで、金融市場に対して明確なイメージを持つことが出来るようになります。

私たち人は、イメージが湧かないものは理解ができないところがあります。

ましてや、私たち人間は、確率や偶然を上手く理解できないところを持っているために、より「不確実性」を中心とした話の展開を難しく感じ、理解が追い付かなくなってしまうこともあるようです。

現実の投資の話をしようとすると、今度は投資をする人の認知や心理というものが、大きな壁になって現れてくる。

「投資を科学する。」

考えれば考えるほど、とても範囲の広く、また一つ一つが奥深い話なんだなと思わされます。