『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』は上下巻になっている。
『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』は上巻と下巻の2冊で構成されています。
上巻は、本書の著者であり主人公でもある数学者のエドワード・O・ソープの自伝的物語でした。
対して下巻は、上巻の自伝にあったブラックジャックなどのカジノをやっつけた経験、そして数学者としての知見から、投資や株式市場がどう見えているのかという話になっています。
言ってみれば、『株式市場は世界最大のカジノ』と言えなくもありませんから興味のある話です。
またソープが、金融の世界に身を置いたことで、経済や社会などに対して感じた考え方などが書かれています。
ソープが、天才数学者であることはこの本を読むと間違いないと感じます。金融の世界で有名なブラック=ショールズとよばれる方程式なども、その式が生まれる概念は、ソープのほうが早かったといわれています。
しかしソープは、学者らしい『正確に厳密であること』よりも、実務的な『だいだいあっている』ということの方を優先していたために、学者としての評価はあまり受けることはできなかったのだそうです。
この本は、上下巻に分かれているので、できれは、上巻から読み始めて、下巻に進む方が好ましいとは思いますが、本を読むのが苦手だという人にとっては、厚い本を2冊というのは、若干抵抗を感じるかもしれません。
個人的には、上巻の方が好みではありましたが、投資や運用に役立てたいと考えて、この本を手に取るのであれば、下巻を読むだけでも十分に価値があるのかなと思います。
天才数学者の考えでは、自ら学ぶことができない人は、結局『インデックスファンド』になるようです。
ソープの考える株式市場は、ファイナンス理論の正統派などが主張する『効率的市場仮説』などとは、真っ向から対立する意見でした。
そもそもソープは、みんなや学者が「YES!」といっていることに対して、「NO!」という視点から物事を考える傾向がある人物のようなので、そういった意見もソープらしい視点かなと思う所です。
だからこそ、ソープは、投機的なもの代表であるカジノで、賭けに勝つことを可能にしてしまった。誰もが不可能だと思っていた中で、見事に攻略法を見つけ、実際にやっつけてしまった。
株式投資もそれと同じで、ファイナンス理論として『効率的市場仮説』という考え方がありますが、この『効率的市場仮説』とは、「「道端に100万円が落ちているか?」という問いに対して、「そんなものが落ちていれば先に誰かが拾ってしまうから落ちていることなんてあり得ない。」」というように、効率的な市場では、自分だけが他人より確実に勝てるなんて方法が、見つかるわけないと考えられています。
つまり、株式投資で他人を出す抜くことは不可能という、至極全うな常識を、ソープは疑った目で見ていたわけです。
もし効率的市場仮説の方が正しいのだとしたら、バリュー投資とか、成長株投資、良いニュースや悪いニュースで売買するなど、要は、株価の適正値を計算して投資するなんて行為に意味はないという事になってしまいます。また、高度な運用法と考えられているヘッジファンドなどが行っている株式の買いと売りを同時に行うロング・ショート戦略などもすべて無意味という事になります。
しかし、効率的市場仮説とは違った視点から株式市場を見ていたソープは、実際に株価の歪みを発見し、またそれを利用しながら、買いと売りを駆使し、リスクを減らしながらリターンを生み出すという効率的市場仮説では説明できないことを実践しました。
そして、ソープはその実績と経験から、『市場は効率的にはなっていない』と主張しています。ソープの実績が奇跡でないのであれば、『効率的市場仮説』は、理論として市場を説明するのに十分なものにはなっていないということになりそうです。
インデックスファンドは、市場は効率的になっているという仮説を利用して、賢く投資する方法として考えられた投資戦略です。
つまりは、市場が効率的でないのであれば、インデックスファンドではなくアクティブファンドの方が優位に立てるはずなのですが、現実の投資信託などのファンドの多くは、アクティブファンドのほとんどがインデックスファンドに負けています。投資信託などで運用されているアクティブファンドでは、なぜか現実的に効率的市場仮説に勝つことはできていない。
だから、インデックスファンドを選ぶことが正しいということになるわけなのです。
ただし、自ら市場を学ぼうとする人は違う。なぜなら、他人に任せることなく自分の頭で考え、市場の非効率的なところを見つけ出すことが出来る人は、ソープが実現したように、株式市場などで、他人を打ち負かし自分だけが勝つ、つまり市場を出し抜くことができることになります。
なぜならば、効率的だと思われていた市場には、非効率な部分があるから。
本書の一説に『私たちがもう生きていなくなったら、残る株はアメリカ株式のインデックスファンドのうち、広範な銘柄に投資し、ノーロードで経費率がとても低いものに乗り換えてもらう。バンガードS&P500やバンガード・トータル・US・ストック・インデックスなどだ。』とありました。
ソープが生きている間は、インデックスなんて方法は取らないけれど、ソープがいなくなったら、インデックスで運用するのが賢明だとソープは考えていたようです。
そういえば、あの有名な投資家ウォーレン・バフェットも似たようなことを言っていました。
バフェット自身は、インデックスファンドなんて買わないが、バフェットが亡くなった後の財産は、インデックスファンドで管理運用してくれという話がありました。
天才数学者も、著名な投資家たちと似たような結論になってくる?
先ほどのインデックスの話もそうですが、結局のところ、最終的に落ち着く結論は、バフェットやレイ・ダリオ、ハワード・マークスといった著名投資家たちと、ソープの答えは似たようなものなのかもしれません。
天才数学者だけに、理論的に、また数学的に、とんでもない回答が得られるのではないかと期待していましたが、結論としては、どこかで聞いたことのあるような話で落ち着いたなと感じました。
ソープは、どうやら頭でっかちの学者ではなく、実務家であったようです。
学者など本は、より詳しく、細かく、理路整然と説明しようとする傾向がありますが、この本では、どことなく曖昧さを残していて、でもその通りだと思わされるような真実を伝えているような印象もありました。
この曖昧さが、学者と実務家の違いなのかもしれません。
訳者のあとがきに、『タレブはトレーダーだから、ソープと同じ学び方をし、その結果、発想も似ているのだろうと思う。厳密に間違ったことをやるよりも、おおざっぱに正しいことをやる、それがプレイヤーの道なのだ。』という言葉がありました。
ソープがプレイヤーとしての立場から、投資を考え、そしてこの本を書いている。
天才数学者が、数学という知識と知恵をもとに、株式市場でプレイヤーとしてどんなことを考え、発見し、活躍をしたのか、それがこの『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』という本の他にはない価値なのだと思いました。